“Be the friend you wish you had.”
本日のmomentより。
自分が友達になりたいような友となれ。といった意味でしょう。
これは、配偶者や、親子関係、職場関係でも同様だと思います。
自分が友にしたいような、友となる。
私の場合はどうでしょう。
冷淡で、奪い取るだけの友達は友達ではないでしょう。
そのような人は、むしろ避けたいものです。
では自分はそのようなものではなかったか。
胸に手を置いて考える必要があります。
- 友が困っている時に、できる範囲で手を差し伸べてくれる友。
- 話を聞いてくれ、同情を寄せてくれる友。
- 笑わせてくれて、自分もよく笑っている友。
主は私の友となってくださいました。
わたしのために、命を捨てるほどのことまでしてくださいました。
その方の分まで生きていこうと思える犠牲です。
私にも犠牲をはらってくれる友がいます。
気にかけてメッセージを送ってくれる友がいます。
情けは人の為ならず。
他人のためでありつつ、自分自身のためであります。
「自分を愛するように、隣人を愛しなさい」というイエスの教えはシンプルですが深く、ゴールは先にあるものです。
友であること、友として何かすることは、決して苦しく取り組むものではありません。事業ではないのです。
ただ、自分にありあまるほどあるものを少しおすそわけするだけでよいのです。
きっとその小さな善意が、気持ちとして相手とつながり、届いて、相手の心を少しばかり温かくするでしょう。
今日、私はわたしの友に何ができるでしょうか。
今日、あなたはあなたの友に何ができるでしょうか。
今日の歩みに、主の豊かな恵みと平安が、祝福と導きが支えがありますように。

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