胃がん(1b)で代替療法のみで3年経過、吐血したので手術に切り替えることに。(吐血前後の詳細)

(感謝なことに会社はお休みさせていただいているので、時間があります。自分の小さな体験ですが、どなたかの参考になれば、心理的負担が少しでも減少されれば、幸いです)

胃がん(1b、印環細胞癌)で代替療法のみで3年経過、吐血したので手術に切り替えることに。

吐血前後の状況を書き記しておこうと思います。

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吐血の前日から黒色便が出て、当日昼もあまりの黒さにびっくりして慌てて流したけど、思えばあれが胃からの出血。

その後にネットで思わず、「黒い便 胃がん」と調べる。
(ひょっとして、胃のあたりに満腹感があるけど、これって血では?いや気のせい気のせい)と心の中でつぶやきつつ。でもショック。仕事に没頭して忘れようとしていた。

周囲に「体調、大丈夫?」と声をかけられるので、「え?大丈夫だよ」と答えつつ、(そんなにやばいのか?おれ)と思いながら、会社を定時で退社。

駅で電車が来たときに、(あ、こりゃ乗れるかな。きついな。気持ち悪いかも)と思い、案の定、電車に乗って1分ほどして、気分が悪くなり、立っていられずしゃがみこむ。
さらに(もどしそう)と思って、かばんの中から袋、ふくろ…。なんとか見つけて取り出してから、もどしてしまった。

少し落ち着いて、ちらっと眼を開けると、赤い液体がたくさん…。

なんじゃこりゃ~!

と心の中で叫びつつ、まさしく青ざめた顔で、次の駅でプラットフォームに這い出す。
通りがかりの方に、駅員さんを呼んでもらう。

地面しか見ていられず、周りの反応をうかがい知る余裕は全くなかったのですが、降りてからも声をかけてくれる人はおらず、こちらから通りがかりのおばさまに「駅員さんをよんでいただけますか」と血のついたYシャツ姿で助けを呼ぶことに。都会ってすごいな。誰かが血を吐いてホームで倒れていても、スルー。
しょうがない、私はただの「迷惑な人」。助けていただけるだけ幸せなのです。

ともあれ、自力で動くこともできず、1時間かけて家に帰る自信もなく、吐血したショックで気力もなく、駅員さんを呼んでいただきました。

たくさんの方にご迷惑をおかけしつつ、助けられ支えられて、救急車~応急処置。

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あとでお医者さんに伺った話では、
「内視鏡で胃の中を見たところ、血だらけ。血は固まるので内視鏡で吸い出すのも難しい。胃壁の出血が疑われる個所を触ったところ出血したことから、熱して止血処置しました」とのこと。

実は、救急隊員や救命救急センターのお医者さんたちが「吐血量が少ないなーおかしーなー」とあまりに言うものだから、自分だけが騒ぎすぎてしまったのかと申し訳ない気持ちになったりもしていました。
でも、出血した血が胃内に大量に残っていて、それが下に落ちた、つまり腸の方にいって排出されたということだったようです。

もどすのがどうも苦手で、子どものころから我慢するクセがあるため、今回の吐血でもまだ胃に何かあるような感じが残っていました。身体の感覚にはよく耳を傾けるのがいいのですね。

止血処置して経過を見ていただき、ヘモグロビン値が0.2/日ずつ上昇していることが確認できたので1週間で退院できました。

ヘモグロビン(Hb)が成人男性 14~17 g/dlのところ、吐血から3日目に7.7まで落ちこんで貧血状態。1週間半経過した時点で9.4と、吐血・入院当日の値まで回復しました。自力で回復したので輸血はせずに済みました。
ちょうど3週間経過した8/1時点で貧血の自覚症状は残りますが、だいぶ回復している感じです。当初のレートでいくと、7.7+0.2*19=11.7 g/dlくらいでしょうか。8/4の診察の時に再度採血していただこうと思います。


このまま爆弾を胃に抱えたまま過ごすのは限界と考え、手術に踏み切ることにしました。今後の手術前後の様子については、別途書いていきます。


P.S.
S大学病院のY澤先生には、大変たいへんお世話になりました。エネルギッシュで頼りがいがあり、またわかりやすく説明もしてくださる素晴らしい先生でした。救急車の東京消防庁の方も、Y澤先生もとてもしびれるプロフェッショナルでした。感謝!


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