すべての人に、すべてのものとなりました。

ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。
それはユダヤ人を獲得するためです。
・・・
弱い人々には、弱いものになりました。
弱い人々を獲得するためです。
すべての人に、すべてのものとなりました。
それは、なんとかして、幾人かでも救うためです
1コリント9:18-22から抜粋

「100のミニ・メッセージ」ウィリアム・ウッド
61.人権を考える より


自分勝手にならず、他の人のために犠牲を払おうというのがウッド氏の主張であり、十分うなづけること。

同時にこの御言葉を読んでいて気がついたこと ――― それは、パウロは自分のことが自由であるという認識の上で、それぞれ相手に応じて同じようになったということ。ユダヤ人というだけ、律法の下にいるだけ、弱いだけでは、ただ制約下に置かれているだけになる。

あらゆる人々のために、あらゆるものとなるためには、基本的に自由である必要がある、ということ。イエス・キリストの血潮によって罪赦され、すでに自由の身となっていることを自覚したい。その上で、あえてこの世の中で、神様が遣わされるところへ飛び込んでいく。神の国籍の者として。主の戦士として。

ハレルヤ!主の御名をあがめます。

コメント

人気の投稿