人間としてのID
人間としてのIDを与えてくださったのは神様
人間としてのIDを回復してくださったのはキリスト
人間としてのIDで生きていく力をくださるのは聖霊
ここ数年、ID=自分ってなんだろうを模索してきています。
「自分探し」の旅ってやつですね。
モラトリアムと揶揄されますし、その通りなんだと思います。
でも、この苦しみは意味があると思います。
最近、Webやデザインのボランティアをしていて、気がついたことは、「楽しい!」ってこと。
何が楽しいかって、対象の組織が何を伝えたいか、そもそもどういった目的で存在して、どこへ向かっていて、そのためにはどのような形にする/なるのが効果的なのか?
そういったことを考えることが楽しいんです。
で、気がついたことは、
「これってIDづくり、IDの構築、IDの発見なんじゃない!?」
ってこと。
で、大学時代に「自殺者3万人」というデータを見て生まれた問題意識ともつながってきています。
以下はあくまで仮説だけども、
自殺する < 絶望する = 希望がない < 目的がない < 自分が何者か分からない
という構図が自分の中で見えてきたんです。
色々とつながったわけです。
「自殺者の数を減らす」って考えると、とても自分一人でできる気がしないし、そもそも自分なんかに何ができるんだ?って、しりごみしてしまう。
でも、上記の仮説で考えれば、自分が何者かをハッキリするサポートくらいなら、まだできるんじゃないかって思うわけです。
ぼくが他人に目的を与えることは、神様ではないのでできません。
でも、すでにその人に与えられている、性質・特長・経験・才能、そして使命。
そういったものを発見することは可能だと信じ始めています。
ぼくが、他人さまの使命の発見・確立を単独でやるのか?
そんなおこがましい。
個人の場合は本人、組織の場合は組織に属する人が主体となる必要があるでしょう。
その過程で、一人ではくじけてしまう、妥協してしまう、あきらめてしまう局面において、サポートする人がいるといいんじゃないか。
理想は、複数人で互いに支え合う形だと思います。
が、まずは始めてみるということが大切。
いままでは結局個々人が手探りで、自分を探していって、なんとなく「これが自分かな」って思ってそのまま人生の終わりに向かっていくような感じだったのではないかと感じています。
一生もんの自分なんて、他人が関与したところで、すぐ明確にずっと変わらないものが見つかるわけではないのは分かっています。
むしろ、一瞬一瞬を目的をベースに目標を持ちつつ希望をもって喜んで過ごしていけるようになればいいなと個人的な経験から来る思いに照らしても、思うわけです。
もっと簡単に言うと、「一緒に苦しみ喜べるって楽しいじゃん」ってノリです。
My Mission is to help your Mission!!
手始めに、コーチング講座を受けてみようかな。
人間としてのIDを回復してくださったのはキリスト
人間としてのIDで生きていく力をくださるのは聖霊
ここ数年、ID=自分ってなんだろうを模索してきています。
「自分探し」の旅ってやつですね。
モラトリアムと揶揄されますし、その通りなんだと思います。
でも、この苦しみは意味があると思います。
最近、Webやデザインのボランティアをしていて、気がついたことは、「楽しい!」ってこと。
何が楽しいかって、対象の組織が何を伝えたいか、そもそもどういった目的で存在して、どこへ向かっていて、そのためにはどのような形にする/なるのが効果的なのか?
そういったことを考えることが楽しいんです。
で、気がついたことは、
「これってIDづくり、IDの構築、IDの発見なんじゃない!?」
ってこと。
で、大学時代に「自殺者3万人」というデータを見て生まれた問題意識ともつながってきています。
以下はあくまで仮説だけども、
自殺する < 絶望する = 希望がない < 目的がない < 自分が何者か分からない
という構図が自分の中で見えてきたんです。
色々とつながったわけです。
「自殺者の数を減らす」って考えると、とても自分一人でできる気がしないし、そもそも自分なんかに何ができるんだ?って、しりごみしてしまう。
でも、上記の仮説で考えれば、自分が何者かをハッキリするサポートくらいなら、まだできるんじゃないかって思うわけです。
ぼくが他人に目的を与えることは、神様ではないのでできません。
でも、すでにその人に与えられている、性質・特長・経験・才能、そして使命。
そういったものを発見することは可能だと信じ始めています。
ぼくが、他人さまの使命の発見・確立を単独でやるのか?
そんなおこがましい。
個人の場合は本人、組織の場合は組織に属する人が主体となる必要があるでしょう。
その過程で、一人ではくじけてしまう、妥協してしまう、あきらめてしまう局面において、サポートする人がいるといいんじゃないか。
理想は、複数人で互いに支え合う形だと思います。
が、まずは始めてみるということが大切。
いままでは結局個々人が手探りで、自分を探していって、なんとなく「これが自分かな」って思ってそのまま人生の終わりに向かっていくような感じだったのではないかと感じています。
一生もんの自分なんて、他人が関与したところで、すぐ明確にずっと変わらないものが見つかるわけではないのは分かっています。
むしろ、一瞬一瞬を目的をベースに目標を持ちつつ希望をもって喜んで過ごしていけるようになればいいなと個人的な経験から来る思いに照らしても、思うわけです。
もっと簡単に言うと、「一緒に苦しみ喜べるって楽しいじゃん」ってノリです。
My Mission is to help your Mission!!
手始めに、コーチング講座を受けてみようかな。
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